映画『アメリカン・ヒストリーX』印象的な台詞の英語原文に見るメッセージと「X」の意味

1998年に公開されて以来、
名画の誉れ高い『アメリカンヒストリーX』
の印象的な台詞の英語原文から、
「X」に込められたメッセージについて考察します。

当然、ネタバレします。

それでは行ってみましょう。(簡潔に記すために、「である」調に変わります)

印象的な台詞を書き起こしてみた

主人公の兄弟は、父親を黒人に殺されたことから、白人至上主義の活動をするようになる。

兄・デレクは差別思想を背景として殺人を犯し、刑務所に収監される。

そこでは同じ思想を持っていると信じていた白人連中から性的暴行をうけ(刑務所には異性がいないため、しばしば中性的な風貌の同性の肛門が狙われる)大けがをするなど散々な目にあう。

そんな中、面会に来た校長との会話の中に印象的なセリフの一つがある。(校長は黒人。かつては主人公兄弟もこの黒人の校長に感銘をうけ、校長もまた兄弟達に期待をかけていた)

デレク「もう自信がない。今までの狂信的な自分が嘘みたいだ」

校長「だろうな。君のように聡明な男なら矛盾に気付くはずだ。」

デレク「主義を捨てたとは言ってないぞ」

校長「自然体でいろ。今の君は消耗し、考える力もマヒしている」

デレク「あんたは昔から俺を分析したがる。俺の心を読めるのか?」

校長「私も怒りをためて生きてきた。君と同じだ」

デレク「同じって何が?」

校長「若い頃、全てに腹を立てていた。私たち黒人に対する差別や侮辱。いわれのない苦しみ。私は白人を憎んだ。神や社会を憎んだ――。だがいくら憎んでも答えは出ない。

怒りは君を幸せにしたか?」

デレク「助けてくれ。頼む。ここを出たい」

また新たな抗争が始まる。

校長「逃げているだけじゃ本当の平和は来ないぞ。抗争を終結させるんだ」

この校長の言葉を胸に、抗争を終結させるべく弟を救い出しに向かうが、時すでに遅く、弟は黒人に頭を打ちぬかれ息絶えた。

その直前に弟はそんな兄についてレポートを書き終え提出に行く所だった。
そこには結論として以下のように書かれている。

「これが僕の学んだことだ。僕の結論だ。憎しみとは耐えがたいほど重い荷物。怒りにまかせるにはあまりに人生は短すぎる」

So I guess this is where I tell you what I learned – my conclusion, right? Well, my conclusion is: Hate is baggage. Life’s too short to be pissed off all the time. It’s just not worth it.

実際に、そこで短い人生になってしまったという皮肉で痛ましい結末だった。

台詞の英語原文について

この映画に込められたメッセージは、次の2つの言葉に込められている。

「怒りは君を幸せにしたか?」

Has anything you’ve done made your life better?

「怒りにまかせるにはあまりに人生は短すぎる」

Life’s too short to be pissed off all the time.

日本語訳では、共に「怒り」と訳されて、大変わかりやすくなっているが、直訳するならばこの二つは「それら諸々で君の人生は良くなったか?」「人生は年がら年中腹を立てているには短すぎる」

日本語では意訳ではいずれも「怒り」とされていて、とても分かりやすくなっている。

「怒りは良くない」と言うのは簡単だが、その怒りの種がまかれ、必然のようにして最悪の結末へと導かれてしまう一連の経緯を118分かけて描いているのだ。

まとめに代えて、考察・「X」に込められたメッセージ

118分はアメリカの長い歴史を背景として描かれる。そしてXにはさまざまな意味が込められているが、ひとつには、黒人奴隷がかつて文字が書けず、サインの欄にXと書いていた事を思い起こさせる黒人奴隷にまつわる歴史。そのほかにも、表立っては語られない物事を伏せる意味でのXとして、隠された歴史という意味もある。

だが、Xは数学ではどのような数(任意の数)でも当てはめる(代入)できること、そこから、無限の可能性を意味する。この意味から、自分たちを当てはめ(代入し)、この映画をみた人々がこれからの歴史を作って行くという意味もこめられていそうだ。

そういう意味では「怒り」の単語に押し込めず「anything you’ve done(君がやってきた諸々)」とする原文の方が、その複雑に絡み合った現実に見合っているとも言えよう。

「怒る」「腹を立てる piss off」こと自体は正当な場合もあるからである。(キリスト教の聖書の精神「汝の敵を愛せよ」や、スピリチュアルなど、怒りそのものを手放すことの効用については別の記事で論じる)

EUの移民政策も治安の悪化や経済の破綻を招き、完全に失敗であったにもかかわらず、今度は日本で移民政策が推し進められようとしている。人手不足を補うという当面の経済効果を追い求めるためである。しかし人種差別や格差社会による憎悪の連鎖(人生の浪費)は、対岸の火事ではない。歴史をつくるのは我々である。そんな喫緊の課題を突き付けているように思う。

”怒りはお前を幸せにしない”、”差別は良くない”
「だから」”怒らずに共生しましょう”

などとは簡単には言えるものではないこと。

怒りの種をまく所から考え直さなければならないのではないか。

そして怒りの種がまかれてしまった中に投げ込まれたなら・・・

力で抑え込めるとでも思っているのだろうか?

それとも、陰謀論でしばしば語られるように、争いと混乱、誰かが血を流すことで、誰か(武器商人)が得をするということなのだろうか?

”世界の支配層”とやらは、そんなにも愚か?

誰もが平安の中に暮らす未来を目指すことの方が得策なのではないだろうか?

そんな諸々のことを考えました。

「年がら年中腹を立てているには人生は短すぎる」

誰の人生をも無駄にしたくないものです。

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